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第1回インタビュー:澤田聡 Drums
■ミキサーが俺の天職だと思いました

──第3回インタビューはJIROKICHI生活37年、WAOさんです。WAOさんがPAになったきっかけって何なのでしょうか?


WAO:自分はバイトをしながらテレビの技術関係の専門学校に行っていたのですが、 その時のバイト友達が住んでいるマンションの向かいから、いつも クラシックがかかっていたんですよ。
俺は高校時代からジャズとか音楽が好きで、そのクラシックを聴いてる人が 凄く気になっていたんで、ある日その人の部屋に突撃したんです。 その人の家には俺の憧れの高級オーディオがあって、目がくらくらしました。

その人とは、吉野金次さんでした。

澤田聡

──吉野金次さんとの出会いがきっかけなんですね。

WAO:そうですね、吉野さんに
「仕事は何ですか?」
って聞いたときに、吉野さんが
「ミキサーだよ」
って答えてくれた瞬間、吉野さんから後光がさしました(笑)
それで、ミキサーはもうかるんだ、これが俺の天職だって思って。


──それから吉野さんのお手伝いが始まった、と。


WAO:弟子というわけではありませんが、ただの手伝いで使ってもらったって感じですね。最初はキャンディーズや井上陽水さんのライブのマイク持ちの手伝いをしました。
あとは、カントリー&ウェスタンのライブ、矢沢永吉さんのレコーディング、ジュリー(沢田研二さん)のレコーディングも手伝わせてもらって。

この頃、初めて飛行機に乗ったんですよ。
凄く感動しました!もうこの頃は楽しくて楽しくて、ミキサーがますます好きになりましたね。
あ、そういえば天地真理さんとお茶も飲んだなぁ。

──そんなミキサーとしての一歩を踏み出したWAOさんがどうしてJIROKICHIのPAになったんですか?

WAO:専門学校に行きながらバイトをしてた頃の友達に「伝さん」っていう絵描きの友達がいたんですよ。その頃、伝さんはJIROKICHIの近くに住んでいて、JIROKICHIに絵を飾らせてくれって言って飾ったりしてたみたいで。そんな伝さんからの紹介でした。

──それって、JIROKCHIが出来てすぐくらいの時期ですか?

WAO:はい。JIROKICHIは、俺が入るまでPAっていなかったんですよ。
JIROKICHIは1年目でした。
■音楽と電気が結びつかなかったんです

──JIROKICHIに入って、実際にPAの仕事をしてみていかがでしたか?


WAO:いやぁ、最初は大変でしたよ!何せPA経験ゼロですから(笑)
吉野さんの手伝いをしていたときは、PAというよりレコーディングの手伝いが多かったし、最初は不安と緊張でいっぱいでした。

──PAの仕事をどう覚えていったんですか?

WAO:幸い、技術関係の専門学校に行っていたから、電気系のノウハウはあったんです。 だから、機材については何となく使い方が分かったのでスムーズに動かせました。
でも最初は音楽と電気が結びつかなかったんですよ。 PAって、マイクで音を拾って、音を電気に変換して、スピーカーから今度は電気を音に変換して出すんですが、それが最初分からなくて混乱してね。

──あっ!残念ながらジロキチ閉店時間です。続きはまた今度聞かせてください。

WAO:あ、そう?じゃあ楽やに行こうかな。


澤田聡
次回予告

第4回インタビュー:桑原WAO和夫
「JIROKICHIに電車で通っていたあの頃」

(イラスト:五億の男ジョージ、写真:白根美恵)
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